うちの大事な猫「J」が瀕死の状態になっていました。
まだ7歳の女のコ。かれこれ5年前。彼女はハワイから海を越えてやってきました。相棒のワンコ「M」と一緒に。
わたしが3月の下旬から某県立の大きな病院で働き始めてから、彼女はずっと便秘で、どうにもこうにも「ウンさん」が出てこず、困っていました。
獣医さんに3度ほど連れて行き、手荒なウンさん掻きなどでショックを与えてしまったのか、彼女の容態はなかなか落ち着かず。GW明けにちょっと回復の兆しは見えたものの、最近はもうご飯もお水も飲まなくなり、ぜんぜん出ないウンさんを一生懸命出そうと、おトイレで一日に何度も何度もリキんでいます。もう50回くらい。
体力もどんどん落ち、大好きだった猫タワーにも全く登れなくなり。体重は半減。骨と皮だけにガリガリにやせ細ってしまいました。そして、ついにベッドにうずくまってしまったまま、ほとんど動かなくなっている猫。
飲食も排便もできないなんて、こんな小さな命はいったいどうなってしまうんだろう、とさすがに楽観視できなくなってきたここ数日。
思えば、先週末から全く飲まず食わずになり、日曜の夜には蚊のなくような今まで聞いたことがないようなか弱い声で何かを訴えてきました。
「ママ。もうしんどいよ。ダメかも。。」と。わたしにはそう言っているような気がして、やばいやばいやばいやばい、とさすがに焦ってきました。
その前までは、まさか便秘からこんなことになるなんて想像もしてなくて、きっとすぐに良くなる、と思い込んでいたのですが。。でも、さすがにこのときばかりは、嫌な予感がよぎりました。
月曜日、朝になって、猫はいっそう元気がなく弱り切ってきたように見えました。でも出勤しなければいけなくて、泣く泣く「頼むから、ママが帰るまでどうか頑張って!!」と言い残し、後ろ髪をひかれる思いで家を出ました。
お昼までの間、猫が心配で心配で、気が気でなく。お弁当もなかなか喉を通らず。やっぱりすぐにでも病院で検査してもらわなきゃまずいことになるかも、と。あれだけ猫が嫌がっていた獣医さん行きを密かに決意し、お昼休憩中に上司に翌日午前の欠勤を直談判。そのころには、心配がピークで心臓はバクバク高鳴り、目には涙が溢れてくるしまつ。オロオロ、オロオロするだけのわたし。
そうこうしつつ、夕方帰宅すると、猫はなんとか生き延びててくれてたものの、もう本当にぐったり。うずくまったままの哀れな姿。
その夜、猫の体調がどうなっているのかを知りたい一心で「れいだん」をみてみることに。「れいだん」というのは、わたしの守護神さまとつながる、いわゆるチャネリングのようなもの。うちのお寺で祖父の代からおこなっている仏法による技法。わたしも特訓を受けていて、それができるので、さっそくお伺いしてみたのです。
そしたら結果は、極めて危うい状況。もうかすかに灯る命の炎が、いつ消えてもおかしくない様相。と、仏さまは教えてくださいました。
あくまでも、このタイミングでの、わたしの状況如何での、仏さまからの回答だったのだけど、わたしにはこの子を助ける手立ては皆無になっている。獣医さんはとても良い先生で、適切な措置を誠意をもってしてくれていた、と。でも、その獣医さんも、もはや手の施しようがない。一方わたしも、わたしなりに出来ることを精一杯やってはきたのものの、もう今はお手上げ。このままでは、チカラ尽きて、小さな命の炎は儚く消えてゆく可能性が大。
わたしは、「れいだん」を終えた瞬間、この子はもうダメなんだ。と勝手な結論を出してしまい、号泣。ぐちゃぐちゃに泣き崩れながら、「れいだん」の師である父に電話して、その「れいじ」を見せながら、事の成り行きを話しました。
話しながら、こころに思っていたのは・・・
あの子、もうダメなんだ。
そうだ。大好きなジャングルで小鳥やカエルやトカゲを追いかけて思いっきり遊べたハワイから、日本の窮屈なアパートの部屋に閉じ込められて、彼女は生きてたって楽しくなんかなかったんだ。
そうか。ママもお仕事お仕事って、ぜんぜん遊んでくれない。お外のお散歩にも行けない。こんなところ、つまんない。
猫ちゃんはそう思ってるんだ。自由になりたいんだ。お空の上に還って、ノビノビ遊びたいんだ。そうか・・・
と。そんなことを思い浮かべていました。
そうか。そうか。そうかもしれない。もうどう考えたって、あの体力と様子じゃあ、獣医さんのサポート無しでは助かりっこなかった。わたしは万全を尽くした。やれることはやった。でも彼女が、病院に行く気がないなら、もうどうすることもできないじゃないか。
そうか。あの子は逝くんだ。お空に還ってしまうんだ。そうか。そうなのか。そっちの道を選ぼうとしてるのね。わたしから離れていっちゃうのね。
もう完璧にあきらめモードに入ってしまったわたしでしたが、父いわく・・・
「でもねえ、いちるの望みとして、仏さまの加護がとても篤い。ものすごく護られてるよ。なのに、お前(わたし)がその仏さまのご加護を受け取ることをあきらめてしまっている。お前には、もう冷静に祈ることもできないだろうから、とにかく明日からは、病院の勤務に徹しなさい。自分のことに集中するんだ。あとはお父さんが祈っておこう。やれるだけのことはやろう。あとは、仏さまがどうされるか、お任せしよう。」
わたしは、「え??ダメでしょ。その「れいじ」は、あきらかに儚く消えてゆく命でしょう?」と思ったので、「明日の午前中の病院行きは、彼女のストレスになるだけだからやめておこうと思う」と父に言うと、父も「それがいいね。明日の午前中は猫と一緒にいてあげたらいい」と。
その晩は、泣いて泣いて、泣き明かしました。もう最後かもしれない。この猫ちゃんと一緒に寝れるのは、もう今日と、明日はどうなるか分からない。そう思ったら、泣けて泣けて、いくらでも涙が出ました。
ああ、わたしはこんなにもこの小さな猫ちゃんを愛していたんだな、と。そして、小さな命を、小さな家族を亡くすかもしれないって、こんなにも辛くで苦しいんだ。と知りました。
翌朝、火曜日。午前休をもらって猫を病院に連れていくはずだったけど、夜中ほぼ一晩泣き明かしたわたしは、いつもの出勤の目指しタイムでは起きられず。なんとか7時ごろ起きて、犬を散歩に連れてゆき、あとは猫の様子を伺っていました。もし捕まったら、最後にやはり病院に連れていってみようかな。と密かに考えながら。
察しの良い猫は、ずっとわたしのベッドの下にもぐったまま、出てきてくれず。祈る気持ちも空しくタイムオーバー。午後からはどうしても出てくれ、と言われた上司との約束を破るわけにも、患者さんや同僚に迷惑をかけるわけにもゆかず、やむなく出勤。
午後、勤務しながらわたしのこころは右往左往していました。
猫ちゃんと過ごせる時間はあとわずかかもしれない。覚悟をしておこう。もう悲しんだり苦しんだりするのも、ちょっと疲れてきた。しかたない。猫ちゃんにも自由意志があるのだから。あきらめよう。お空に還りたいなら、見送ってあげなくちゃ。
そしたら、あれだ。猫ちゃんのお葬式とか、考えなくちゃ。火葬とかってどこでやるんだろう?同僚のYさんが、数年前にワンちゃんを亡くしたらしく、その子に色々聞いてみる。ペットの火葬について。
こうして、わたしは猫の死を受け入れようとし始めました。それが賢い、というか、それより、自分のこころがその思う方がラク、と思い始めていたのかもしれません。
勤務を終えて帰宅の途。車を運転しながら、また心境に変化が訪れます。
わたしは今いざぎよく、猫の死を受け入れてるけど、それってつまり、このまま何もしないであの子が死んでいくのを待ってるの?何もしないで??
それって、ちょっとさ。見殺しにしてるみたいじゃない?それはひどい。いくら小さな命でも、やっぱり最後まであきらめちゃいけないんじゃない?せめて最後に、もう一度だけ獣医さんに診てもらった方がいいんじゃない??
最後までやれることをやってあげたら、もしかしたらあの子、仏さまが救ってくれるかもしれない。
わたしは、ほんとうにあの子をあきらめたの?本当にあの可愛い癒しの猫ちゃんがいなくなってしまって、わたしは平気なの?
いや。やっぱりまだあきらめたくない。なんとか生きて欲しい。もう少し長く、少しでも長く、一緒にいたい。
そんなことを考えながらの、わずか20分ほどの帰宅の途。ドアを開けて、家で待っていてくれた瀕死の愛猫の顔を見てホッとした途端、「絶対にこの子をもう一度元気にする!!」と、あらたな決意の炎が灯りました。
そこからです。猫ちゃん救出大作戦が功を奏してきたのは!!
とにかく、父をはじめ、甥っ子や知り合いの信頼できるお坊さんに片っ端から猫の祈願をお願いしました。友人にも、妹や姪っ子たちにも、「猫を、もう一度助けたいから、祈って!!」と頼みました。そしてわたしも、必死で祈りました。
そしたら、その翌朝。早朝、4時過ぎ頃です。
廊下に出たい、と鳴く猫の声で目が覚めました。少し動きたくなったようで、ベランダと部屋の中を徘徊したあと、獣医さんからもらったゴハンを食べて、それからまたいつものようにトイレでりきんでました。出ません。
でも、その約2時間後、なんと「うんさん」が出てきたのです!!
それも、なかなかツヤツヤとした柔らかさもちょうど良い感じの「うんさん」です。これには驚き、歓喜を上げ朝から小躍りです!!もう、どんなに嬉しかったか!!
猫の、「生きたい」と言う生命力を感じました。やっぱり、なんとか助けたい!!
すぐに実家にLINEします。父に喜びの報告をするとともに、引き続きのご祈願を託しました。
すると、その晩。またしても「良いうんさん」がお出ましになりました。これまたビックリ!!そして、その翌朝も。「良いうんさん」は連続して、出てきてくくれるようになったのです。
かくして、猫は少しずつ元気になってゆきました。だんだん動けるようになってきて、翌朝には、ベランダを開けたら外の朝の空気を吸いに出るようにまで回復してきました。動けるようになってきたのです。
こうなれば、もうこっちのもの。願いはどんどん確信になってゆきます。猫は元気になる。かならず蘇る。
そして、あれからもうひと月以上たった今。猫ちゃんはすっかり元通り。元気でやんちゃなツンデレぶりも帰ってきました。毎朝の柔らかでツヤのある「良きうんさん」とともに。笑
この猫さん騒動から、こころの動きの変わり様とともに、願いは必ず叶う、ということをあらためて確信しました。
祈るこころ。この大切さ。
これを、あらためてみんなに伝えてゆきたい。それを教えてくれた、我が愛しの猫さん復活劇。感謝で締めくくります。有難う、猫ちゃん!!